トラックバックの登場は衝撃的だった。トラックバックはサイト間のリンクのあり方を変えた。トラックバックの本質について考える。
トラックバックとは,記事を書いたことを相手のサイトに通知する機能である(トラックバック - Wikipedia)。そして同時に相手のサイトから自分の記事へのリンクが作られる。優れた技術は仕事の流れや考え方を変える。トラックバックはサイト間のリンクのあり方を変えた。流れを変えると言えば,ブックマークレットもそのひとつだ(nlog(n): ブックマークレットとは?)。
トラックバックは,movabletype.org を立ち上げた Benjamin and Mena Trott 夫妻が2002年に提案した,Web サイト間の通知に関する枠組みである(movabletype.org は現在 Six Apart (日本法人 Six Apart) になっている)。ブログツールである Movable Type で初めて実装された。動作の詳細については トラックバック技術仕様書 が詳しい。
まずはトラックバックの機能がない場合の,サイト間のリンクについて考える。
太郎が花子からリンクしてもらいたい場合,太郎は花子にメールなどで連絡する。連絡を受け取った花子は,手作業で自分のサイトに太郎へのリンクを作る必要がある。花子はちょっと面倒。リンクしてくれるかどうかは花子次第ということになる。
太郎は花子にリンク依頼をする場合,太郎から花子へのリンクはすでに張られているのが普通である。そして花子が太郎のサイトにリンクしてくれれば,めでたく相互リンクとなる。
トラックバックの登場により,「誰がリンクの作業をするか」に変化が起きた。太郎が花子のサイトにトラックバックピングを送ることで,自動的に花子のサイトから自分のサイトへリンクが張られることになった。花子の手を煩{わずら}わすことなく,相手から自分のサイトへのリンクができるようになった。これは劇的な変化である。トラックバックの登場により,作業の流れが大きく変わったのである。ここで「トラックバックピングを送る」と「トラックバックする」は同じ意味で使っている。トラックバックという言葉は,track {たどる} + back {逆に} の合成語で,送り手のサイトに対して「逆に」リンクが張られるニュアンスを表している。
これにより,今までは不可能だった有名人のサイトからリンクしてもらうことも可能になった。相手からリンクしてもらうと,何となく有名人とお友達になったような感じが体験できる。あくまで「ような感じ」だけなのだが。
トラックバックピングを送ると,相手から自分のサイトにリンクされる。相手から自分への一方的なリンクである。自分から相手にリンクした時点で,初めて相互リンクになる。
相手から自分のサイトへのリンクが作られるというのがトラックバックの機能である。これを宣伝に利用するのが,トラックバックスパムである。迷惑メールをスパムメールと呼ぶことの類推からこの名前がある。
一般的に,人を自分のサイトに誘導したい場合,多くのサイトからリンクを張ってもらうのが有効。そこで思いつくのは,トラックバックピングをじゃんじゃん打ちまくるという方法である。そうすれば,打ったサイトからリンクを張ってもらえるからである。
打ちまくったトラックバックにより,短期的にはアクセスアップが見込まれる。しかし,長期的にはそうではない。なぜなら,トラックバックを打つ側の記事には,相手サイトへの参照がない。そればかりか,全く関係のない記事だったりする。これは相手サイトの管理者には嬉しくないことである。迷惑トラックバックを打たれたサイトの管理者は,迷惑サイトについての批判記事を書くことができる。批判記事が多ければ,長期的なアクセス向上は望めない。トラックバックスパムをやり過ぎて閉鎖に追い込まれたサイトもある。
最近は「スパムメール」という名前よりも,「迷惑メール」の方が自然に思えてきた。「迷惑トラックバック」と呼んだ方がいいのかも知れない。コンピュータを使う限られた人たちの間では「スパム」でよくても,広く一般で使われるようになったときに「スパム」という言葉を使うと誤解が生じやすいからだ(nlog(n): SPAM と spam は違うもの)。
トラックバックは,リンクを張る先も変えた。これはブログのサイト構成と深い関わり合いがある。
従来のサイト構成では,トップページの URL は変わらないことが保証されているが,その他のページは変わる可能性があった。古くなったページは削除され,アクセスできなくなるのが普通だった。そのため,リンクはトップページのみにしか許さないサイトが多かった。
ブログのサイト構成では,トップページだけでなく,各記事は Permalink (Permanent {永久的な,固定的な} + link {リンク}の合成語) として固定され,URL は変わらないことが保証された。「そんなことを言ってもリンク切れがあるじゃないか」と言ってはいけない。「永久不滅ポイント」が不滅なのは会社があるうちだけなのだ(ちょっと違うか)。
トラックバックは,仕様としてはサイトのどこへ打ってもよいことになっている。しかし,トラックバックを最初に実装したアプリケーションである Movable Type では,記事に対してのみにトラックバックできるように限定した(設定によりアーカイブにも可能)。つまり,トップページではなく,記事どうしが直接リンクし合うように強制したのである。
トラックバックにより,(ブログに関しては) どの記事にでも直接リンクしてよくなり,その際に相手のサイト管理者に連絡しなくてもよくなった。連絡しなくてもそれが自然だと思えるようになったのである。この自然さは,結果から逆に考えることで導かれる。トラックバックの結果として作られるリンクは相手から自分のサイトへの逆リンクであり,リンクは個別記事に対して行われる。そのため,こちらからトラックバック先の記事に直接リンクすることは合理的だと考えることができるのである。逆に,トラックバック URL を公開しているのにリンクを拒否するのは不自然になる(nlog(n): リンクフリーではありませんがリンクはご自由に)。
トラックバックの話からそれるが,Amazon は Permalink の考え方をいち早く取り入れた。1商品につき1ページずつ商品紹介のページを作り,URL を固定し,そのページへのダイレクトリンクを推奨したのだ。それまでの「リンクはトップページにしてください」と言っていた企業とは全く異なる発想である。Amazon は,優れた検索エンジン最適化 (SEO, Search Engine Optimization) を行っていると言われるが,これは Permalink を取り入れたための当然の結果なのである。
コメントとの比較を行うことで,トラックバックの本質に迫ってみたい。コメントとトラックバックは,「相手のサイトに書き込む」という点で似ている。しかし決定的な違いは,その文脈である。まずはブログサイト上に表示されたコメントとトラックバックについて見ていくことにする。
ここでも「太郎」=「自分」,「花子」=「相手」とする。
コメントは,その記事の文脈上にある。花子の記事に対する太郎のコメントは,花子の文脈で語られる。中心となるのは花子の視点である。コメントとして花子と逆の意見をつけたとしても,花子の視点からは逃れられないのだ。議論の広がりとしては限界がある。
一方で,トラックバックは別の記事の文脈上にある。記事を書く主体が花子とは別の人間になる,というのが大きな違いである。別の記事の要約が花子のサイトにトラックバックとして送られ,表示されているだけだからである。花子の記事は引用されるに過ぎない。花子とは全く別の視点となるので,議論の範囲は大きく広がることになる。
リンクを張るという点だけを見れば,相手のサイトにコメント機能がありさえすれば,トラックバックという機能は不要である。コメント欄に自分のサイトへのリンクを書けばいいからである。では敢えてトラックバックという機能が実装された理由は何だろうか。これも誰が主体になっているかを考えると答にたどりつける。主体は,もちろん新しく記事を書く本人である。本人は自分のために主張を記事にして投稿する。しかし,その後でわざわざ他のサイトに出かけていくのは,相手のために記事を書いているような気がするに違いない。最後まで自分が主体でありたいと考えるのはごく自然のことだ。トラックバックを使えば,「記事の投稿と他のサイトへの通知」という作業をその本人のサイト内だけで完結することができ,自分が主体であることを貫くことができるのである。
(なんだか結論が偉そうだなぁ)
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