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Photo 原田直次郎展@埼玉県立近代美術館 に行ってきた

原田直次郎展に行ってきた。回顧展としては約100年ぶりだそうだ。本人の油絵の点数は少ないものの見ごたえは十分だった。

■ ■ ■

埼玉県立近代美術館では,原田直次郎の巡回展が開かれている (2016.2.11 - 3.27 原田直次郎展-西洋画は益々奨励すべし - 埼玉県立近代美術館)。

埼玉県立近代美術館
埼玉県立近代美術館


埼玉県立近代美術館はJR北浦和駅からほど近い。芝生ではお母さん方が子どもたちをひなたぼっこさせたり遊ばせたりしてゆっくりとした時間が流れていた。

油彩は少ないが見ごたえは十分

原田直次郎展
原田直次郎展


原田直次郎は1863年に江戸小石川で生まれ,1899年に36歳の若さで亡くなった洋画家である。今回の展覧会は,直次郎が亡くなってから10年後,1909年に森鴎外の努力によって1日だけ開催された展覧会以来の回顧展であり,直次郎の作品の他,関連画家や弟子の作品,自筆の手紙などの資料が集められている。関連資料を含めた展示数は190点ほどで,その内直次郎本人によるものが75点,このうち書簡が10点ほどあり,油絵作品はさらに少なく25点ほどしかないが,たったそれだけでも見ごたえは十分にある。観覧料は大人1100円。

自筆の手紙には,毛筆によるものと,ペンで書かれたフランス語のものがあるが,どちらもよく整っている。絵が上手い画家はたいてい字がそれほど上手くないものだが,直次郎はまれな存在だと言える。

靴屋の親爺がいっぱいいた

本展覧会の目玉である「靴屋の親爺 (1886)」は確かに迫力がある。頭の禿げかけた,ミュンヘンのどこかの靴屋の親爺の絵なのだが,すごい勢いで迫ってくるのだ。よく見ると白目部分は青みがかった色で塗られているのだが,不自然ではない。頭部とは対照的に衣服がかなりざっくりと描かれているのが画面全体の勢いを加速しているようだった。奥襟にフニャフニャしたものがついていて気になったが,何なのかは謎だった。

順路に沿って見ていくと,終わりのほうにまたもやこの「靴屋の親爺」がいた。しかも2点もある。これは直次郎の弟子である伊藤快彦と櫻井忠剛による模写だった。模写は技術を学ぶための近道であり,直次郎も推奨していたようだ。伊藤の模写はかなりよいものに仕上がっている。櫻井の作品は若干暗い。これらを見てから,戻ってもう一度直次郎の作品を見てみると,オリジナルの完成度の高さに驚かされる。この迫力の一因としては,油絵の具を丁寧に塗り重ねているだけでなく,表面に筆の跡を残していることにあるのではないかと思う。比較することで,その絵の持つ凄みがよりつかめるようになるので,このような関連作品の展示はありがたい。

「老人 (1886)」「老人像 (1886)」も素晴らしい。老人の顔や肉体というのは,凹凸が多く,皺も多く刻まれているので,絵としては複雑でにぎやかなものになる。そういえば,直次郎の作品に女性の裸体作品は見当たらなかった。そのストイックさは信念だろうか。

全体を見ると,直次郎の油絵には,見ただけですぐに彼の作品であることが分かるような「独自色」や「独特の癖」というものがない。それは逆にすごいことである。自分のフィルターをできるだけ透明にしたまま写実に徹した姿勢が伺え,その筆が強く観るものの心を打つのである。

病床にあって寝ながら描いたという「風景 (1897)」は,寝ながらという割には大きな作品。雲の影が映る浜辺の様子が描かれており,潮風が吹き抜けてくるような開放感がある。絶筆となった「安藤光信像 (1898)」は病床から見上げながら描いたため,顔の下の方が大きくなっているとのことで,どこまでも見たものに忠実だった姿勢の表れだろう (実際にはその絵だけを見ても下にいくほど大きくなっているようには見えないのだが)。

大下藤次郎の,海岸の風景を切り取った水彩画「相州秋谷 (1897)」もとてもよかった。

騎龍観音はそれほどでもない

「騎龍観音{きりゅうかんのん} (1890)」は重要文化財だが (MOMAT の国指定重要文化財 | 東京国立近代美術館),それほど魅力的な作品ではなかった。直次郎の作品にはこの手の歴史画がいくつかあるが,どれも彼の作品としては異質な感じである。さらに異質な作品が「素戔嗚尊八岐大蛇退治画稿」である。スサノオノミコトがヤマタノオロチを退治している絵なのだが,画面の左下に「穴を開けて犬が顔を出している様子」が描かれているのである。つまり「穴が開いているように見える絵」という騙し絵になっているのだ。この絵が描かれた経緯についてはあきらかになっていないそうだが,個人的な推測としては,直次郎は想像上のモチーフを描くのは本意ではなく,出来もよくなかったため,写実的な犬という対象を使って気に食わなかった絵をブチ破らせたのではないかと思うのだ。

常設展

原田直次郎展のチケットで常設展も見ることができる。瑛九や古賀春江の抽象画が見られて嬉しい。その他で特に目をひいたのは,和田英作「鈴木勝五郎肖像 (1908)」である。おそらく障子を通しているだろうと思われる穏やかな光に満ちた室内にいて,生き生きとした表情が写し取られている。以前にも行ったのに (nlog(n): 刺激的だった勅使河原宏展),まったく記憶にない。常設展を見なかったのか,それとも痴呆がきてしまったのか。

常設展の展示数は少なく,部屋も3つしかない。最後は椅子を集めた部屋で,椅子の絵や椅子の実物がある。「お手を触れないでください」が明示してある椅子と,そうでない椅子が並んでいて,「もしかすると座ってもいいのか?」とも思えてしまうところが難点。実際,常設展会場の外にも作品としての椅子が並べられており,座ってもいい椅子もあるのだ。混乱する。座ってもよいのであれば明示して欲しいところだ。

その他の展示会

地下には一般展示室があり,こちらは入場無料。澤田石貴子の油絵やコラージュ,オブジェが興味深かった。2次元のなかに少し奥行きを持たせたものや,平たい3次元オブジェなど,どれもが2次元と3次元の中間を取り扱っているようだった (作家 澤田石貴子の作品集)。


手荷物をあずけるロッカーは100円玉が必要だが,利用後に戻ってくる。ロッカーのひとつにはデジタルカウンターのインスタレーションが展示されていた。

原田直次郎展は,この後,4月8日から神奈川県立近代美術館,5月27日から岡山県立美術館,7月23日から根県立石見美術館にそれぞれ巡回する (原田直次郎展-西洋画は益々奨励すべし | 青幻舎 SEIGENSHA Art Publishing, Inc.)。

Posted by n at 2016-03-05 01:26 | Edit | Comments (0) | Trackback(0)
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