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misc 「TeX」は何と読む?

「TeX」は何と読むか? 「テック」と読む人と「テフ」と読む人がいる。作者の Knuth は「テック」と読むとしている。私はなぜか「TeX」を「テフ」,「LaTeX」を「ラテック」と読んでしまう。

■ ■ ■

「TeX」は,有名な電子組版システムである (正しくは「E」の文字を少し下げて TEX と綴るが,できない場合は TeX でもよいとされる)。私が最初に TeX に触れたのは,1987年か1988年だったので,今から15年以上前になる。当時 TeX のシステムは大学の数学科の計算機室にあった VAX 上で動いていて,本棚には AMS-LaTeX の赤い本がずらりと並んでいた。当時は TeX に関する日本語の書籍はなく,bit 誌に慶應の大野氏が書いている解説があるだけだったと記憶している。

その数学科の計算機でTeX のシステムが使えるという話を先輩から聞きつけ,こっそり試してみることにした。その時に TeX は「テフ」と言うのだと教えられた。

TeX を「テフ」と読むのは,実は勘違いが原因の間違いなのだが,それでもちゃんとした理由がある。「テフ」という不思議な言葉ができた経緯についてまとめておこう。

そもそもの原因は,TeX の作者である D. Knuth の「TeX は何と発音するか?」の説明で使った例が適切でなかったのと,読者が Knuth 大先生はアメリカ人であることを忘れていたことによる。TeX の解説本「TEXbook」に,発音についての説明がある。1989年発行の翻訳「TEX ブック」の第1章「ゲームを始める前に」には次のような翻訳されている。

TEX を知っている人は,TEXχ を x とは発音せず,ギリシャ語の chi のように発音する。そのため,TEXχ は,blecchhh という言葉の語尾と同じ響きになる。スコットランド語の loch とかドイツ語の ach のように ch と発音したり,またはスペイン語の j やロシア語の kh というような発音をする。コンピュータに向かって,息を吐きかけるように正しく発音すれば,端末は少しばかり曇るかもしれない。

問題は「χ」の発音なのだが,この説明は少し分かりづらい。スコットランド語は知らないし,ドイツ語で「ach」なら「アッハ」になるはず。というわけで何となくしっくりこない。他に説明を探す必要がある。

TEXbook の原書が手元にないので,TeX - Wikipedia から引用してみよう。

The name TeX is intended to be pronounced "tekh", where "kh" represents the sound at the end of Scottish loch or the name of the German composer Bach (in IPA /tɛx/). The X is meant to represent the Greek letter χ (Chi).

『ドイツの作曲家「Bach」のように発音する』とある。これで明確になった。日本では「バッハ」と発音する。だから「X」は「ッハ」とか「ッフ」のようになるはずである。したがって,「TeX」は「テッハ」あるいは「テッフ」のような感じになる。これを発音しやすくして「テフ」となったのである。ところがここに落とし穴があった。米国人は「Bach」をドイツ語風に発音することができず,「バック」と発音するのである。日本は横文字の発音をその国の発音でするが,横文字文化圏は自国語で発音するからである (nlog(n): ジョボビッチかヨボビッチかヨヴォヴィッチか)。話がそれるが,英語でも Bach と back の発音は微妙に違うようだ。どちらも「バック」だが,「bakh」と「bak」のように違えて発音される。

ギリシャ文字の「χ」は chi と綴って「カイ」と読む。数学なら「χ2分布(カイ二乗分布)」などに使われる。ギリシャ文字については天文関係の人も詳しかったりする。「カイ」の「カ」は,日本語の「カ」よりも息を強めに吐きながら発音する。一旦「クハイ(kuhai)」と発音してみて,その中で「u」を発音しないようにした「khai」という音が近い。中国語を知っているなら,有気音と無気音のうち「有気音にあたるもの」と考えれば分かりやすいだろう。呼気(こき)をともなった音になる。というわけで,上の「息を吐きかけるように正しく発音すれば,端末は少しばかり曇るかもしれない」という表現も納得がいく。

以上から,Don. Knuth が「TeX」を「テック」と読ませたいと思っていることが分かるだろう。

「TeX ブック」には「テックブック」とふり仮名が振ってある(TEX(テック)ブック―コンピュータによる組版システム (アスキー・電子出版シリーズ): ドナルド・E. クヌース, Donald E. Knuth, 鷺谷 好輝: 本)。恐らくは,翻訳者や編集者の間でも,出版の前に TeX の発音についての議論があって,その結論を「TeX ブック」のタイトルで示したのだと思われる。

TeX の概要については,TeX入門 - TeX Wiki,その他多くの情報が TeX Wiki に集められている。TeX の歴史については,TeX年表 が詳しい。

古くから TeX システムを使っている人が「TeX」を「テフ」と呼ぶのは(上の理由を別にすれば),「テフ」という言葉一般には聞き慣れない音であり,特別な感じがするという理由もあるような気がする。TeX に詳しい人を「TeXpert」とか「TeXnician」と呼ぶ (TeXbook の練習問題 1.1 より)。「TeXnician」を「テックニシャン」というよりも「テフニシャン」と言ったほうがインパクトがあるからではないだろうか。

ちなみに,ギリシャ文字の χ を「カイ」と読むのは,実は「英語だから」という驚きの事実がある。「カイ」は英語読みで,ギリシャの発音では「キー」となる。発音は「カイ」の場合と同様に,呼気をともなう音になる。「キヒ(kihi)」という音から,最初の「i」を発音しないようにした「khi」が近い音になる。3.1415... で有名な「π」は pi と綴って「パイ」と読むとされるが,これも英語読み。ギリシャ語読みでは「ピー」となる。ギリシャ語の発音については,Greek Pronunciation にある音声ファイルで聞くことができる。

Posted by n at 2005-03-13 01:55 | Edit | Comments (6) | Trackback(0)
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Comments

私も「テフ」と教わりました。
最初は意味が分からず「TIFF」のことかと思っていました。

Posted by: stabucky at March 16, 2005 23:18

なるほど,「TIFF」は似てますね。「TeX」を「テフ」と読むのは難しいし,「テフ」から「TeX」は想像できないのが普通ですよね。「TeX」だったら,普通「テックス」です。

ちなみに,Knuth は TeXbook で次のようにも書いています。
世の中には TEX(「テックス」と発音する)という Honeywell Information Systems が開発した優れた Text EXecutive プロセッサがある。この TEX と TeX とはまったく異なった発音をするので,当然,綴りも違っていた方がよい。

どこまでもこだわってます。

Posted by: n at March 17, 2005 01:08

The TeX Users GroupのサイトのHow should I pronounce “LaTeX(2e)”?というページには、Wikipedia とほぼ同じように

The ‘X’ is “really” the Greek letter Chi, and is pronounced by English-speakers either a bit like the ‘ch’ in the Scots word ‘loch’ ([x] in the IPA) or (at a pinch, if you can’t do the Greek sound) like ‘k’. It definitely is not pronounced ‘ks’ (the Greek letter with that sound doesn’t look remotely like the Latin alphabet ‘X’).

とありました。

この記事が書かれてから世の中も少し便利になったようで、スコットランド人の発音したlochが聞けるサイト( http://www.forvo.com/word/loch/#ga )があり、そこでこの本来意図されたであろう音に近い音が聞けます。ハとクを同時に発音したような音と言えるかも知れませんので、ぜひご参考に。

ちなみに私は在米なのですが、今まで日本人・アメリカ人でこの音でTeXのXを発音している人に会ったことはないです。日本人はテフ、アメリカ人はtekが主流の気がします。

Posted by: shima at February 11, 2012 15:23

一言に「ギリシャ語の発音」と言っても、時代によって発音は変化していて、古代ギリシャのころの発音なら、確かにχは中国語の有気音kと同じ発音でしたが、現代のギリシャ語では、この文字はドイツ語のchと同じ発音に変化しています。
(Wikipediaの記事 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%B7%E3%83%A3%E8%AA%9E 等を参照。)
一概に勘違いとも言えないのではないでしょうか?

ただし、「テフ」という発音には別の問題がありまして、ヘボン式ローマ字で「フ」を綴ると「hu」ではなく「fu」になるように、問題の「ch」とはかけ離れた子音だったりします。このあたりで、英語圏の人間に通じなかったりするみたいです。

Posted by: natto_heaven at February 11, 2012 22:12

twitterから来ました。

一応TeXbookの原文を見ると
Insiders pronounce the Χ of TEX as a Greek chi, not as an `x', so that
TEX rhymes with the word blecchhh. It's the `ch' sound in Scottish words like
loch or German words like ach; it's a Spanish `j' and a Russian `kh'.
とありますね。

既に指摘のあるように、ギリシア文字のΧは現代語では/x/ですし、
loch以降の4つの例もすべて同じ音を意図したものだとすると、
いくらアメリカ人でもスペイン語のjを/kh/とは読まないでしょうから、
どれもそれぞれ原語の音である/x/を指していると思われます。
蛇足ながら、ロシア語のkhというのはキリル文字のХで、ハラショーの最初の音です。

というわけで、やはりKnuthが意図しているのは/x/なのではないでしょうか。
大多数のアメリカ人が「Bachのように」/kh/と読んでいるとしても、
Knuthもアメリカ人だからKnuthの意図もそうだ、とは必ずしもいえないと思います。

Posted by: yukipsn at February 11, 2012 23:31

Knuthもアメリカ人だからKnuthの意図もそうだ、とは必ずしもいえないと思います。

Posted by: Digital Lux Meter at February 13, 2012 16:42
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