PENCK という携帯電話がある。「ペンク」と読ませるらしい。しかし,「リェイスク」と読めてしまう。デザイナーが「N」の文字を逆にしてしまったためだ。
書こうと思っているうちにタイミングを逃してしまったネタを1つ。熟成期間が長いと,内容もどんどん濃くなってしまう(nlog(n): ブログネタの賞味期限)。
KDDI は今年2005年2月下旬に「au design project」モデル第4弾の携帯電話を発売した(KDDI 会社情報: ニュースリリース)。名前を「PENCK」といって「ペンク」と読ませる(KDDI au: PENCK)。デザイナーはサイトウマコト氏である(Makoto Saito)。
この携帯電話,発売されてから1か月後にフォント盗用疑惑が浮上し(9031: 9031.comのフリーフォント「Mojor Kong」がau by KDDIの携帯電話「PENCK」で使われている件について),話題になった(スラッシュドット ジャパン | au「PENCK」のキートップフォントは盗用されたもの?)。
この記事は,その頃に書こうと思っていたものなので,実に4か月の熟成期間を持っている。熟成と言えば聞こえはいいが,実のところ放ったらかし状態だっただけ。
気になったのもデザインに関してである。「PENCK」というロゴのデザインがとても気になった。
英語表記(ラテン文字)で普通に書くとこうなる。英語読みなら「ペンク」になるだろう。上は「Arial Black(アライアル・ブラック)」フォントを使って真似て書いていたものである。
しかし,サイトウマコト氏は何を思ったか,「N」に鏡文字を使ったのである。鏡文字はロゴに使われることが多い。ABBA の最初の B を逆にするとか,TRICK の K を逆にするなどがある。どのような内容なのかを文字としても表現しようという意図が感じられる。しかし「N」を逆にするのは名案とは思えない。「N」を逆にする意図は伝わって来ないし,逆にした「И」という文字はロシア語などで使われるキリル文字として存在するからである(キリル文字 - Wikipedia)。
つまり,「PEИCK」と書いた瞬間,この文字列はキリル文字として書かれたものになってしまうのである。文字体系が違うと,発音も違ってくる。キリル文字とラテン文字は,おおよそ次のような対応になる。
キリル文字 |
音 |
ラテン文字で近いもの |
P |
/r/ |
R (巻き舌の) |
E |
/je/ |
YE |
И | /i/ |
I |
C |
/s/ |
S |
K |
/k/ |
K |
「P」を「エル」と読ませるのは奇異に感じるかもしれないが,ギリシア語の「ρ」と起源を同じにすると分かれば納得がいくだろう。「ρ」はギリシャ語風に読めば「エル」,英語風に読めば「ロー」である。「N」もギリシャ語の「η(イータ)」を起源とするので,「イ」と読ませるのは想像に難くない。「C」は「S」に対応する。ロシアがソビエトだった頃,ソビエトの略称は「CCCP」で,発音は「エス・エス・エス・エル」をつなげた「エセセセル」だった。英語では「USSR」と表記して,そのまま「ユー・エス・エス・アール」と読ませていた(Union of Soviet Socialist Republics)。「CCCP」というのは,ロシア人が自国のソビエト連邦を呼ぶときに使っていた表記である。「CCCP」はソビエト社会主義共和国連邦のキリル文字表記「Союз Советских Социалистических Республик」で,ラテン文字表記すると「Soyuz Sovetskikh Sotsialisticheskikh Respublik」となる(ソビエト連邦 - Wikipedia)。語順としては「連邦・ソビエト・社会主義・共和国」である。「連邦」を意味する「Soyuz」のロシア語読みは「サユース」である。宇宙船「ソユーズ」は,「サユース」を英語風に読んだものだったのだ。
話がそれた。
というわけで,「PEИCK」はロシア語風に「リェイスク」と発音するのが自然であろう,という結論である。
「デザイン的に面白いから」という理由で安易に文字を反対にして遊ぶと誤解のもとになる。KDDI au: au design project > PENCK のデザイナー紹介には,次のような記述があるので,
― PENCK の名前の由来を教えてください
音(おん)の響きのかわいさ、自由さ、フリーハンド感。この点でドイツ人の画家でそのコンセプトに合った人が A. R. PENCK という画家だったので、その名前を使わせてもらった。
もしかすると,『画家の名前をそのまま書くと「PENCK」になってしまうので,ちょっと変えて「PEИCK」というデザインにした』ということなのかも知れない。でも,変え方が悪かった。残念!
A. R. Penck の作品は A.R. Penck Online などで見ることができる。
キリル文字のくだりを書いているとき,松鶴家千とせ(ブログ)を思い出していた。ロシアがソビエトだった頃,父さんはレーニン,兄さんはスターリン,母さんはノータリンだった。わかるかなぁ〜わかんねぇだろうなぁ〜。みたいな。
Posted by n at 2005-08-06 09:39 | Edit | Comments (0) | Trackback(0)
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