私のセックスについて図解する。と言ってもたいしたことない。年始のネタではないので今年のうちに書いてしまおう。
子供の頃,多くの人がそうであるように,私も「なぜ男にはついていて,女にはついていないのか」を真剣に考えていた。しかし,一方では「神様が与えたものならば,男と女に不公平があるのはおかしい」とも思っていた。男だけについているのは不公平だと感じていたのだ。あれは確か小学4年生の頃。寝る前に,親に「ねしょんべんものがたり」を読んでもらっていた。弟が読んでもらっていた話をぼーっとして聞いていると,ふいに「その時」は訪れた。その本の中に「おちんちんを思い切り引っ張って手を離したら,おちんちんが引っ込んで出てこなくなってしまうかも知れません」というような話があった (記憶が曖昧→確かめました)。その話を聞いたとき,「女の人は,ついていないのではなくて,おちんちんと同じ形で引っ込んでいるに違いない」と閃いたのである。それまでの疑問が解消された。引っ込んでいるだけだから,不公平もない。
今にして思えば,これは私の人生の中でもっとも優れた洞察であった。実際,これは事実であると言ってもいい。そして,「同じ形で引っ込んでいるのはいいとして,だからどうなのか?」ということは考えなかった。その時点では必要のない情報である。それを知るのはもっと先のこと。エロティシズムと性教育は別である。上で閃いたことには,性教育にはなるが,エロはないからである。
中学生になると,「だからどうなのか?」の情報が友達から入ってきて,驚愕することになる。その時に考えたパターンが上の凹凸関係である。まさに机上の空論。1 は可能だが,2, 3 は不可能である。
凹凸は「おうとつ」,凸凹は「でこぼこ」と読むのでいいのか。
実際のところ,私はどうやっているかというと,上の図の通りである。
丸の位置関係は,大きさではなく圧力をかける位置を示している。ただし,大きさである場合にも応用が可能である。矢印は時系列を表している。これは机上の空論ではないが,机上でも実践が可能であることを付け加えておく (ほどほどに)。
高速ピストンや巨根崇拝は AV の作り出した幻想であるので,振り回されてはいけない。とは言え,男女ともにそれを望んでいれば,それはそれで仕方ないのだが。
ねしょんべんものがたりは,絶版のようである。
2013年2月8日追記:
図書館で借りて確かめました (nlog(n): 「ねしょんべんものがたり」のお灸の話)。
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