リチャードバックの「イリュージョン」は,「何でも好きなことをやればいい」と言ってくれる。自由に生きる勇気を与えてくれるが,人によっては絶望にもなる。
tono_s_maro さんが激しくお勧めしている本 (イリュージョン〜タオ - Let’s enjoy - Yahoo!ブログ),リチャードバック著「イリュージョン」を読んだ。
この小説の主人公はリチャードという飛行機乗りである。好きな土地に飛んで行き,お客を乗せてお金を得て生活している。そこで出会うのが,救世主をやめた救世主であり,かつ同業者の,ドナルド・シモダである。何と言っても素晴らしいのはその出会いの会話である。ドナルドの飛行機を見つけたリチャードが近くに降りて話しかける。
「じゃまかな? じゃまなら消えるけど」
彼は少し笑って言った。
「いや,待ってたのさ,君をね」
それを聞いて僕も微笑みを返した。
「そうかい,遅くなってごめんよ」
イリュージョン (文庫): リチャード・バック (pp. 25-26)
作者の名前もリチャードである。小説のリチャードは彼の分身だろう。リチャードバックは飛行機乗り。見上げた空や,眼下の風景の描写が飛行機乗りの視点である。飛んでいるときが最高なのはもちろん,降りてきてスープを飲むほっとした気分の描写もまた格別である。
リチャードはドナルド・シモダから「救世主入門」という本の存在を教えてもらう。その本は,どこのページでも開けば,答が見つかるというものなのだ。しかし,それはその本に限ったわけではないという。
いや,こんな仰々しい入門書でなくてもそれはできるんだ。(中略) スリラー小説,ラブレターの書き方の練習帳,何年か前の新聞,ギターの教則本,やったことない?
イリュージョン (文庫): リチャード・バック (p. 69)
つまり,探すから見つかるということだ。準備ができたからこそ,学べるのである。弟子と師匠の話と同じだ (弟子の準備が出来たから - Let’s enjoy - Yahoo!ブログ)。人は,本を開いたとき,そこに書いてある「読み取れることを読む」。しかし,気をつけないと「読みたいことだけを読む」ことになり,何も考えずに鵜呑みにしてしまう危険もあるので注意が必要だ。
ドナルド・シモダは言う。この世のすべては幻影{イリュージョン}だと (p. 77)。だから好きなことをやればいい。今の生活が不満だって? それはあなたが選択したからだ。つまり,それはあなたがやりたがっていることなんだと。
物語の終盤では,「自由な生き方をすればいい」という考え方を受け入れられない人々が,恐怖を覚え,暴力的手段に出る。自由な生き方をしているのは実は救世主なのだが,救世主とは知らない人びとは,そのおかしな人を恐れるのだ。このくだりは,映画「イージーライダー」にとてもよく似ている。「考え方次第で人は変わることができる」という姿を見せつけられると,人は「そんなことはない」と言い,その思想を拒否する。そして,危険思想を亡きものにするために鬼に変わるのだ。しかし,その人びとは,考え方だけで人生が変わるとは思っていない。自分が考え方ひとつだけで鬼になっているにもかかわらずだ。
もし,その人が救世主だと知っていたらどうだろうか? それは物語の最初に描かれている。救世主にすがるのだ。つまり,自分の現在の生活が変わるとき,他人が変えるのであれば受け入れるということになる。幸福になれば,それは救世主のおかげ。救世主に会わずに不幸なままなら,それは他人のせいであり,自分が選んだことではないと思いたいのだ。
自分の人生をどう生きるかは自分の自由である。とは言っても,自分1人では生きて行くことは難しい。逆から見れば,他人のために生きているという部分もある。私は,この小説の救世主が言うような,「すべてを自分のしたいようにすればいい」とまでは思わない。半分は自分のしたいように,半分は他人が望むように生きるのがよいと思う。
この小説全体からは,ヒッピー的な印象を強く受ける。この小説の出版は1977年。ヒッピーの時代としては遅すぎる。しかし,ヒッピームーブメントのバイブルとされたリチャードバックの「かもめのジョナサン」は1970年 (かもめのジョナサン - Wikipedia)。これはイージーライダーの1969年と時代的に一致する (イージー・ライダー - Wikipedia)。「イリュージョン」が「かもめのジョナサン」で言いたかったことの別の表現だとすれば,ヒッピー色が濃いというのもうなずける。ヒッピー (Hippie) の語源は,「ヒップ(尻)のように汚い奴ら」とのことだという。
日本語訳は村上龍。円池茂{まるいけしげる}の挿絵がとてもよい。Amazon.comの Search Inside (中身検索) では,リチャードバックの直筆が読める。2006年に佐宗鈴夫の訳による本が出ている (Amazon.co.jp: イリュージョン―悩める救世主の不思議な体験: リチャード バック, Richard Bach, 佐宗 鈴夫: 本)。
若いときに出会いたい一冊である。
Posted by n at 2008-05-19 23:45 | Edit | Comments (3) | Trackback(1)
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毎度!w この本に出会ったのは 16くらいの時だったと記憶してるのですが・・・定かではありません! 好きな事をやる時に 好きなようにやらないと 出てきた結果を受け入れる事が出来ないかと思ったんですよ〜 好きな事を 好きなようにやるからこそ 全部自分の責任! って思えるじゃないですか〜 それでも{好きな事を好きなようにやっても} 結果が思うようにならないと 全部自分の責任です!って思うのに 時間がかかりましたけどねw
Posted by: maro助 at May 20, 2008 14:52はじめまして。イリュージョンつながりでやってきました。この本私も何度読んだか分かりません。はまりすぎて原著(英語版)も買いました。
http://adansonian.blogspot.com/2011/06/richard-bach.html
レビュー書いたのでよろしければ。なんだか異次元の世界なんですよね。
Posted by: adansonian at June 30, 2011 07:13adansonian さん
Posted by: n at July 01, 2011 18:04原著も購入とは!
「自分が日当たりのいい一面乾いた小麦畑のようなところで物語を眺めているというような・・・。」
まさにそんな感じですよね。