良い医師の条件とは,高い技術を持っていることよりも,患者に対して十分な説明ができることではないだろうか。
先日,子供が発熱したので,妻が医者に連れて行ったときのこと。かかりつけのお医者で,対話の難しさについては以前にも記事にした同じ医者である (nlog(n): 意思疎通の難しさ)。
子供の発熱の原因はまたも溶連菌であることが判明。また抗生物質が処方されることになった。それまでに2回立て続けに溶連菌感染症になっていて,今回が3回目。2回目のときに薬局の薬剤師が心配して「同じ抗生物質を続けるのはよくないので,医者に確認してみますね」と言って,電話で確認してくれたのだが,医師は指示した処方を変えることはなかった。3回目にあたる今回,妻が医師に聞いてみたというのである。
妻「同じ抗生物質が続いているので,種類を変えてはどうかお医者さんに確認してみてと薬剤師に言われたんですが,どうでしょうか。」
医「それは立派な薬剤師さんですねぇ。」
そして,予想に違わずまた同じ抗生物質が処方されたのだった。
ここでの最大の問題は,医師が質問に答えていないことだろう。「薬」の質問をしているのに,「薬剤師」についての答が返ってきている。確かに医者は薬剤師より格上である。また,心の中でどんなことを思ったっていい。他人を見下すのだってその人の自由である。しかし,それを患者にぶつけるのはどうだろうか。
一方で,その薬剤師は優れている。医師の処方箋でそのまま薬を出すのではなく,医師への確認も行っている。地位の上下とは関係なく,薬剤師としての最大限の仕事をしているからだ。プロフェッショナルとして正しい。人間の格としては先の医師よりも高いと言えるだろう。
妻と私は話しあって,薬局は変えず,かかりつけ医を変えることに決めたのだった。
患者の視点で,「良い医師」とは何だろうかと考えてみる。同じ医者であれば良い方に診てもらいたいからである。「腕がいい」「知識が豊富」「経験が豊富」「患者の身になってくれる」「詳しく説明してくれる」などがあるだろうか。医師という人間そのものに限らなければ「良い設備を備えた病院」というのも医師を選ぶ条件に入れたい。病院と医師はセットだからだ。この中で何が重要かと言えば,私は「詳しく説明してくれる」というのを1番としたい。すべての治療とすべての薬の処方には,選択肢がある。その数ある選択肢から1つを選んだ理由があるはずで,それを説明できなければプロフェッショナルとは言えないのではないか。
患者が望むのは高い技術ではない。腕がいいのに越したことはないが,それよりも望むのは,納得のいく治療なのである。
治療というものは考え方ひとつで大きく変わるものである。最近身近にあった大きな変化は,擦り傷の治療法だろう (湿潤療法 - Wikipedia)。以前は,消毒液をかけてガーゼを貼って,その後乾かして治すというのが主流だったが,最近は違う。消毒はやらずに,水でよく洗い流し乾かさないようにするというのだ。これには驚いた。新薬が開発されたのではない。材料は昔からあるので,やろうと思えばずっと以前からできたものなのである。変わったものは「考え方」だけなのだ。
「薬剤師に対する考え方」ではなく,「治療に対する考え方」について意見交換ができる医師を探したいものである。
2013年12月11日追記:
またダメな先生に当たってしまいました (nlog(n): 注腸検査というのをやったんだが)。
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