東日本大震災から半年が経過した。地震予知というのは難しいものだが,振り返ってみれば予兆はあった,と言えるのではないだろうか。今さらではあるのだが…。
「天災は忘れた頃にやってくる」は,寺田寅彦の言葉を弟子の中谷宇吉郎が要約したものと言われている (寺田寅彦の「天災は忘れた頃にやって来る」という言葉が載っている随筆をみたい。 | レファレンス協同データベース)。
阪神・淡路大震災があったのが1995年1月17日 (阪神・淡路大震災 - Wikipedia)。その当時もやはり予知はできるのかということが話題になり,八ヶ岳南麓天文台のFM波の観測装置が「シャッコンシャッコン」と動いたということで話題になった (串田嘉男 - Wikipedia)。データとしてはくるぞーくん地震予兆電磁波観測,行徳地震前兆観測プロジェクトが注目された。
地震に備えるための必須アイテムは「笛」だということになり,私も何年かはスーツのポケットに笛が入っていた。建物の下敷きになったときに生存を知らせるのに笛が役に立ったという話があったからである。
そして,笛を持ち歩くのを忘れた頃,2011年3月11日に東日本大震災が起きた。
震災から半年経って,今回は話題にならなかったが,行徳高校のデータはどうだったのかと改めて見てみれば,3月11日付近に大きな変動があるのである (行徳高校自然科学部:計測データ自動グラフ(year))。49.5 MHz電磁波観測装置 (使用機材) が出力したデータである。
三宅島南東設置の八木アンテナでの観測データ
三宅島南東設置のターンスタイルの観測データ
2011年1月以降,大震災の前にも観測値の大きな変動があることは注目に値する。
行徳地震前兆観測プロジェクトは,現在は終了している。プロジェクトを率いていた福島毅先生の転任と校舎の改修を機に行徳高校の観測装置は2008年3月末に撤去された (【重要】行徳高校観測点閉鎖に関するお知らせ - ちきうの気持ち)。福島先生は,現在は東葛飾高校で教鞭をとられているようだ (教育のとびら)。
プロジェクトのほとんどの装置は停止しているが,三宅島だけは稼働しデータを出し続けていた。6月の半ばで停止しているように見えるのが気になる。今後も装置の維持を続けてもらいたいと思うのである。
Posted by n at 2011-09-12 02:14 | Edit | Comments (0) | Trackback(0)
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