子どもにぎょう虫検査をするぞと言ったら,思い切り嫌がられた。それにしても,クレヨンしんちゃんは余計なことを教えてくれるわ。
やって来ましたこの季節。毎年恒例のぎょう虫検査の時期でございます。ところが,この検査もあともう1回で終わりということが決まったようで,誠に残念なのです。昨日の読売新聞の記事より。
文部科学省は30日、同省令の学校保健安全法施行規則を改正し、学校での健康診断の項目から座高測定と寄生虫卵検査を外した。
これに伴い、半世紀以上続いてきた座高測定も寄生虫卵検査も2015年度限りで廃止される。
座高測定は戦時体制下の1937年、「胴長は健康」と考えられて始まった。徴兵の際の身体検査が学校に影響したとみられる。戦後も小中学校や高校などで続けられてきたが、以前から「測定に意味がない」「結果が活用されていない」など、関係者の間で実施を疑問視する声が出ていた。
一方、寄生虫卵検査は58年に始まった。小学3年生以下に義務付けられ、肛門にセロハンテープを貼ってぎょう虫の卵の有無を調べる「ぎょう虫検査」を実施している学校が多い。しかし、下水道の整備や化学肥料の普及で、子供の寄生虫感染率は激減し、最近10年間の検出率は1%以下で推移していた。
学校での座高測定とぎょう虫検査、来年度で廃止 : 社会 : 読売新聞(YOMIURI ONLINE)2014年05月01日
しかし,検査がなくなったと言っても,ぎょう虫が完全に死滅したわけではないので,ある程度は注意が必要。「1%以下」とあるが,1% といったら,100人いたら1人は宿主ということだから,結構な率といえる。有機農法や無農薬栽培のおかげで,いくらかは虫が人間社会に入ってくる余地は残されているのだ。
ここはポジティブに考えよう。検査は義務ではなくなるが,任意ではできる。ただ,我が家はアレルギー家族なので,うまいこと寄生虫を宿せば,アレルギー症状が改善するかも知れないではないか (寄生虫 - Wikipedia)。したがって,検査を進んでしてもいいし,しなくても,いや,しなければしないほどいいことがあるかも知れないということで,いずれにしても心配なしなのである (どこかに論理の破綻があるような気もするがムシしよう。虫だけに)。
さて,前置きが長くなったが,ここから本題である。
子どもの感覚は成長とともに変化する。そのため,今年も去年と同じように上手くいくとは限らない。ここが難しい。我が家の地方のぎょう虫検査は粘着性のセロハンを使う「ウスイ式」である (nlog(n): ぎょう虫検査でペッタンペッタン)。小学1年生の娘は,去年まではすんなりやらせたのに,今年は嫌がって,逃げまわり,しまいには
エッチ!
と言いやがった。いやいやいやいや,そうじゃないだろう。この状況で「エッチ!」などと言って抵抗されたら,こっちが変な気になるというものだ。なぜなら,その状況を冷静に見たならば,「いたいけな幼女を力づくで抑えこんで,パンツを脱がせ,透明なセロハンで魚拓ならぬ肛門拓を取ろうとしているおっさん」であり,それはもう「エッチ」という範囲を軽々と飛び越えて「変態」「変質者」の領域の話になるからである。まあ自分が「変態」であることはある程度は自覚があるけれども,子どもにそう言われるのは意味が違うのではないかと。「いやいやいやいや,そうじゃないだろう」と「イヤイヤイヤイヤ,でも好き」くらい違う。
それでも何とか説き伏せることはできた。検査は2日にわたって行わなければならず,1日目よりも2日目の方が大変だった。
ところで,どこでその「エッチ」という言葉を覚えてきたのだろうか? 幼稚園の時は知らなかったから,小学校にマセたお友だちがいるのかと思い聞いてみると「クレヨンしんちゃん」だそうだ。他にも,耳に「フーッ」と息を吹きかけて「ぞワワワはうっ」となるお父さんを見て楽しむという遊びを覚えてきたので,これも聞いてみると「クレヨンしんちゃん」だそうだ。「クレヨンしんちゃん」は余計なことばかり教えてくれる。む〜。
「短足発見器」としての座高測定がなくなってしまうのも,ちょっと寂しいぜ。昭和の光がまたひとつ消えていく。
Posted by n at 2014-05-02 23:24 | Edit | Comments (0) | Trackback(0)
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