ひとつの歌を手がかりに東ティモールを取材した映画「カンタ! ティモール」を観た。
先の日曜日,ふじみ野市の西公民館でドキュメンタリー映画「カンタ! ティモール (Canta! Timor)」を見てきた。「カンタ (Canta)」は「歌え」,「ティモール (Timor)」はオーストラリア北部の東南アジアに位置する「ティモール島」,特にその東部の国家「東ティモール」を意味している。
ストーリーはこうだ。東ティモールを訪れた女性が現地の青年に出会った。その青年は子供たちに囲まれて歌を歌っていた。歌のひとつがとても印象的で,歌詞を教えてもらった。直訳は分かるが,その意味するところが分からない。そもそもその青年の名前さえ知らなかった。そこで,女性はその青年に歌の意味を聞くために再び東ティモールを訪れるのだ。映画では,青年との再会と,東ティモールが独立に至るまでに島の人々が体験した苦難の歴史が綴られる。
東ティモールの青年に会いに行く女性がこの映画の監督である。まだ若い監督で,長老に「25歳? まだ子供だ」と言われていた。東ティモールを扱った映画には,この他に「ここに陽はのぼる ― 東ティモール独立への道 (A Hero's Journey)」がある。その映画の監督のグレース・パンも若い女性である (映画 ここに陽はのぼる グレース・パン監督サイン会 アジアフォーカス2007福岡国際映画祭 - Photo sharing "PhotoZou")。
映画を見るまでは,「東ティモールと言えば最近まで内戦のあったところ」というくらいしか知らず,国の場所もよく分からない状態だった。中南米あたりかと思っていたくらいである。
東ティモールについて Wikipedia で見てみると (東ティモール),かなりヒドい歴史になっている。古くは,ティモール島はポルトガル領の植民地であり,その後オランダが進出してきたため,東部はポルトガル領,西部はオランダ領というように分断され,その後西部がインドネシアに併合,ポルトガルは東部の独立を認めるが,インドネシアがこれを認めず軍事侵攻するのだ。この軍事侵攻で東ティモールは人口の 1/3 を失う。国の誰もが家族を失うということになったようだ。
攻め入ってくるインドネシア軍に対して,東ティモールはゲリラ戦で対抗するのだが,映画で語られるこのときのエピソードがすごかった。ゲリラは捕虜にしたインドネシアの軍人に対し,自分たちが戦っている理由について話し,その後無傷のまま返すというのだ。「悲しみはあるが,憎しみではない」と言って,自分たちの家族を殺した軍に対し,報復はしなかったという。インドネシア軍の捕虜たちは,それまでは単に命令にしたがい人を殺してきたが,東ティモール人の話を聞くことで自ら考えるようになっていったようだ。この地道な活動が,インドネシア内部に東ティモールの考えに賛同する人たちを増やしていくことになったというのだ。
私は,日本人の中にある,インドネシアの残忍さと東ティモールの寛容さの両方を見た気がした。集団になれば平気で残虐なことをするが,個人になれば優しい人間になるからだ。
日本という国が東ティモールに対してどういう態度をとってきたかということも映画では語れれる。インドネシアの軍事侵攻したことに対し,西側諸国が経済制裁をした際,日本は逆に経済的な援助をインドネシアに対して行ったというのだ。また,東ティモールの独立に対し,国連の投票が行われた際,日本は yes (賛成) でも abs (abstention, 棄権) でもなく,no (反対) としたのだ。しかし,独立後は自衛隊を派遣したり,経済的に援助を行ったりして独立の支援を行っている。「皮肉なものだ」と島の老人は言っていた。
映画のタイトル通り,前編を通じて歌が流れる。歌詞が最近のことを歌ったものばかりだと思ったら,それは主人公の青年が作ったものだからなのだ。土着の民族音楽がどれくらい残されているのかについては分からなかった。
東ティモールの歴史はあまりに悲惨。最後まで見ていられるのは,歌があるからである。もうひとつの救いは子どもたちの顔である。すべての子どもたちの目が輝いているのだ。力いっぱい遊びまわっている姿は,大人たちにも生きる気力を与えてくれる。石がゴロゴロしている河原を裸足のまま走ってボールを追いかけ,転んでひっくり返っても平気な姿を見て,「お前たちの足の裏は大丈夫なのか?」という心配とともに,笑いと涙が同時にこみ上げてきた。
その様子は予告編で見ることができる。
おそらく,この映画は,最初は大きなテーマを扱うことを意図しなかったのではなかろうか。歌の歌詞が意味するところを聞きに現地の青年を再び訪ねる,その旅行記をまとめるだけの予定だったのではないかと想像する。しかし,歌詞の意味するところには,深い背景があり,その背景をたぐっていくと,蹂躙され続けた東ティモールの歴史を見つめざるをえない。そして,独立の象徴となった初代大統領にまでインタビューをすることになったのだと思うのだ。
したがって,この映画が東ティモールのどれくらいの人々の考え方を伝えているのかは不明である。しかし,独立のための国民投票の投票率が 98% 以上であったことは事実であるから,自分たちの国の方向を決めようとする意識は非常に高いということは確かである。
この映画を見た後,東ティモールに関する本に目を通してみたが (山田満「東ティモールを知るための50章」),日本が反対したという国連の投票が何だったのかは確認ができなかった。
ところで,この映画のタイトルにある「Canta!」であるが,何の言語であるのか確認できず,気になるところである (日本語訳は「歌え!」)。公用語でもあるポルトガル語かと思ったが,「歌え」だとすると「Cante」,「歌おう」なら「Cantar」になりそうである。「歌う」なら「Canta」だと思う。ただし,ポルトガル語を理解する東ティモール人は少なく,大半はテトゥン語を話すというから,「Canta」もテトゥン語だという可能性もあるのだが,だとすると現地人にしか分からなくなってしまう…が。
2015年1月22日追記:
国連の投票について調べたところ,「国連PKOと平和構築」という書籍の中に次の記述を見つけました。
Posted by n at 2014-11-18 23:14 | Edit | Comments (0) | Trackback(0)国連では,東ティモールの問題に関して,2度の安全保障理事会の決議 (1975年の決議384および1976年の決議389) に加えて国連総会においても1975年から1982年にかけて8度にわたりその決議がなされた。(中略)
グループ3: 8度の国連決議の投票に対して一貫して「反対」票を投じた国家 (6カ国)
インド,インドネシア,日本,マレーシア,フィリピン,タイ石塚勝美著「国連PKOと平和構築―国際社会における東ティモールへの対応」, 4-2-2 国連総会における東ティモール問題に対する各国の投票行動の変遷, pp. 106-111.
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