一昨日の木曜日の夜,突然自分が子どもだった頃の精神状態を体験した。これは幼児退行といい,通常は催眠療法において,信頼関係の築けた医師に対して現れる現象である。このような圧倒的な感情の流れを体験したのは生まれて初めてかも知れない。
私の人生に大きな転機が訪れた(のかも知れない)。事件が起こったのである。
長年に渡り自分の心と向き合い見つめ続けた結果,1週間くらい前,1つのまとまった心理モデルを構築することができた ([1], [2],[3])。そのモデルは自分の心の構造をピタリと言い当てることができるというもので,長年のモヤモヤがすべて解消した。するとその夜から,毎晩のように,場面がめまぐるしく変わるフラッシュバックのような夢を見るようになった。そしてついに2日前の木曜日の夜,帰宅途中の電車の中で,目が覚めているにも関わらず,同じような現象が起こったのである。思考回路が異様に速く回転するという感覚があり,目の奥の場面が非常に速く移り変わった。そして,何かがパチンとはじけたような気がした。本当に「パチン」という音が聴こえたような気がした。満員電車の中,座席に座っていて涙が溢れてきた。理由の分からない涙が流れていた。電車は最寄り駅に停車し,私はそのまま帰宅した。
これは薬物の類で現れたものではない。体調は極めて良好で,風邪もひいていない。最後に飲んだ薬は2週間前の頭痛薬2粒である。また,日常において情緒不安定ということはなく,普通の社会生活を送ることができている。心を許せる友達もいるし,職場での人間関係も問題ない。ただ,「自分に非がないにも関わらず,理不尽な理由で責められる」と,どうしていいか分からなくなってしまう性格で,「何かと生きづらく,自分の力が思う存分発揮できない」そのような気持ちが常にあったのは確かである。以下は,とても個人的な体験であって,とても恥ずかしいのではあるが,同じような悩みを持つ人の何かの助けになるかも知れないと思い,ここに公表することにした。
夜の9時頃帰宅して,妻に挨拶をして別の部屋に入ると,また涙が溢れてきた。今度は声を出して泣いていた。妻が「どうしたの? どうしたの?」と言って来てくれた。理由は言わずに,妻のひざで泣き続けた。鼻水も出てきた。妻は涙と鼻水を拭いてくれた。その後もどんどん泣ける。そして妻のひざの上で鼻を「チーン」とかんだのである。おかげで妻のズボンは鼻水だらけになった。妻は「アーレー」と言っただけだった。怒ることはしなかったのである。私は安心し,「エヘヘ」と言いながら鼻をこすり続けた。心の中では「私の人生が変わりそうだ。ズボンが汚れるくらいなら安いものだ。続けさせて」と思ったが,そんなことはすでに表現できなくなっていた。子どもに戻っていたのである。不思議なのは,幼児の精神状態の自分でありながら,それを冷静に見つめる第三者的な自分も同時に存在するということである。しかし,第三者的な自分は,その言葉を表現することはできない。子どものまま突っ走るしかなかった。
しばらく泣いて少しおさまってくると,トイレに行きたくなってきた。しかし,ズボンを自分で脱ぐことができない。ただボーッと立ちつくしていると,妻がズボンを脱がせてくれて,トイレに座らせてくれた。しかし,今度は肝心のオシッコが出ない。トイレの中にひとり残されると,出したいのに出なくなってしまったのである。しかし,妻の辛抱もここまで。「もう知らない。救急車を呼ぶ? 私も限界よ」と言っている。どうすることも出来なかった。ただ待つしか出来なかった。すると妻が戻ってきてくれた。オチンチンを下に向けて「シー」と言ってくれた。すると,出たのである。オシッコが出た。何とも情けないが,出た。
その後,様々な感情の嵐が押し寄せてきた。泣きながら「ごべんでー(ごめんね)」「すでないでー(捨てないで)」「ありがどぅおー(ありがとう)」を繰り替えしていた。はっきりした言葉さえ言えなくなっていた。
妻のオッパイを吸わせてもらった。吸うだけではなく,吹いて「プー」という音を出したりした。オッパイを吸うのは好きだが,逆に吹くということは今までにしたことがなかった。思いつくことさえなかったのである。そして,しばらく妻の居心地のよいひざの上に顔を埋めて遊んだ。今さら子どもになることなど,私自身信じられなかったが,これだけは言える。普通に女性を見るのとは明らかに違う視点から見ていて,思いもよらない行動をとるのである。明らかに別の人格が,そこには確かにあった。ただし,別の人格といっても自分であることに変わりはないので,それほどとんでもないものにはならない。
そのうち,指をチュウチュウ吸うようになった。その頃には泣き笑いの状態になっていた。妻はそんな私を見て,イナイイナイバアのような色々な顔をしてくれた。私はそれを見て「エヘ」と笑っていた。何も説明していないのに,妻が大人の私をまるで子どものようにあやしてくれたのである。私の目の中にあった,赤ん坊の光を見つけてくれたのだろうと思う。私は「ぷーぷー…ぶーぶー」と息を吹きながら唇の震える具合を感じて遊び,その後,歯をカチカチと噛み合わせて音を出すような仕草をするようになった。様々な抽象的イメージが浮かんでは消え,浮かんでは消え,繰り返された。
ようやくおさまったのは,11時30頃。約2時間半の時間旅行が終わった。圧倒的な感情の流れというものを体験した。生まれて初めての,感情だけに突き動かされる体験だった。
さて,幼児退行という現象について図解で説明しよう。以下のような図は心理学書では見かけたことがない。私の経験に基づいたオリジナルである。
健全な人間の場合,身体年齢である実年齢が上がるにしたがって,精神年齢も上がっていく。もちろん,個人差が多くあるため,このような単純な図にはならない。大人びた子ども時代を過ごした人は,急な角度で上がるだろうし,その逆もある。これを考えに入れると,色々なカーブを描くことになるだろう。しかし,いずれの場合も,実年齢が上がると精神年齢は連続的に上がっていくことに変わりはない。
私の場合,生まれてから授乳期までは普通に育てられたが,おむつが取れる頃になると「偉いわね,もう何でも一人でできるでしょう」と言われ,甘えることを許されなかった。親の過度な期待もあったため,精神年齢を無理やり上げさせられたのである。幼い時代のある時期から,精神年齢だけを高くせざるを得なかった。強制的に精神年齢だけを上げさせられたため,図に示したように「空白の時間」が出来てしまった。私には,泣いたり,だだをこねて母親を困らせた記憶がない。出来のいい子どもだった。しかし,だからと言って褒められた記憶もない。私には弟がいるので話を聞いてみると,彼も褒められた記憶はないと言っている。家庭内が,何かしらの機能不全状態であったことがうかがえる。
ちなみに,何かいいことをした後で「偉いわね」と言われるのと,何もしないうちから「偉いわね」と言われるのでは大きな違いがある。前者は「賞賛」であるが,後者は「泣き落とし」にあたる(アラン・ピーズ & バーバラ・ピーズ「嘘つき男と泣き虫女」 に解説がある)。
幼少期に果たせなかった思いは,大人になってからでも果たすことができる。精神年齢は実年齢とは独立して存在するからである。しかし,大人になってしまった今,子どもに返るのは難しい。外見が大人なので,周りが許してくれないのである。ヒゲの生えたオヤジが「バブバブー」などと言っていたら,誰が見ても変態である。ところが本人にとっては重大な問題で,この問題がクリアできるかどうかで大きく人生が変わる可能性がある。そのくらい事態は深刻なのである。
幼少期に生じた「空白の時間」を埋めるのが,幼児退行である。赤い矢印の部分が,今回の幼児退行体験に当たる。一般に,幼児退行している期間は長くないと言われている。空白の時間を過ごした幼少期の時間より,幼児退行を体験している時間の方がずっと短くなるのである。幼児に退行することで,自分の心の問題の原因が分かりさえすればいいだけなので,一瞬にして終わるのだ。
この時ほど人に感謝したことはない。許してくれた妻への気持ちは言葉では言い尽くせない。妻と結婚してよかったと思っている。
Posted by n at 2005-02-05 23:09 | Edit | Comments (4) | Trackback(3)
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nlogさん、はじめまして。行者と申します。「こうせい日記」さんに紹介されていたので、「突然の幼児退行体験」読ませていただきました。涙、人への感謝、ある種の開放感はW.バロウズ(米・作家)のドラッグに関する記述を思い出させました。(もちろん、nlogさんがクスリをしている、と言っているわけではありません(笑))ある種、宗教体験にも似た感情に覆われた幼児退行体験の最中に、脳からはどのような情報、物質が放出されていたのか、興味深いものがあります。稀有な体験を公開いただき、ありがとうございました。
趣は違いますが、私の年齢に関する考察?を送させていただきます。
Posted by: 行者 at February 13, 2005 11:16行者さん,はじめまして。
その記述は「ジャンキー」にあるのでしょうか? 以前,実際にカットアップをしているバロウズの姿を映画で見て興味を持ったので,「ジャンキー」と「裸のランチ」の翻訳本を購入しましたが,そのまま本棚の肥やしになっています。
Posted by: n at February 16, 2005 00:02こんばんはnlogさん、返事が大変遅くなりまして申し訳ありません。
Posted by: 行者 at April 05, 2005 01:36レスをいただいているとはつゆしらず、、、
ご質問の件ですが、バロウズとギンズバーグ
の雑誌SWITCHでの対談で語られたもの
です。
はじめまして、同じような経験をしたことがあるのでコメントさせていただきました。私の場合はおそらく小学校低学年頃に戻っていたのかなと思います。すごく幸せな気分で毎日が送れるようになった時期があって自分の中にいる子供のような感情が日に日に大きくなっていっていつの間にか本当に子供のように振舞って大変なことをしていました。私の場合は一日で終わらない状態で残念なことに精神病院に放りこまれてしまいました。いろいろ薬を投与されそれでも子供のままで、ある日医者に子供みたいにハシャグのを止めなければ出れませんよ。と言われ恐らく子供の時したように自分の感情を思いっきり押し殺しました。そこからは一年ほどずっと鬱状態が何も感じない状態が続きました。今は元気に社会生活しています。長くなって文章もそぐわないものかもしれませんが、どうしても書きたかったので書かせていただきました。
Posted by: ハジメ at March 08, 2008 22:06