巷では「聞き流すだけで自然と英語が…」という謳い文句を耳にする。しかし,私に限って言えば,聞き流すだけでは英語を聞き取れるようにはならなかった。しかし,自分で発音を練習してみると,不思議なことに聞き取り能力が向上した。
この記事は,聞き流すだけの英語教材の営業妨害を意図するものではない。「聞き流すだけで聞き取れるようになる」可能性は否定しない。しかし,聞き流すだけで効果がある人は一定以上の条件を満たしている必要があるような気がしてならない。
この3つが大きく影響すると考えられる。生まれながらにして,英語だけでなく語学一般の聞き取り能力が高いとか,年齢が若いとか,継続期間が長いとか,そうすれば「いつかは」聞き取れるようになるのかも知れない。
しかし,「いつかは」では困る。私がここ1年をかけて行ったトレーニングでは,聞き流すだけでは得られない,大きな効果があった。聞き取りができるようになっただけではなく,発音もよくなり,英語に触れることへの恐怖感が消えた。
トレーニングを始めたきっかけは,単に「発音だけでもよくしたい」と思ったことだ。例えば "the United States" だけでもスラリと言えるようになりたい。ただそれだけだった。
そんなとき,英語学習の本を読んで「シャドウイング」という学習方法があるのを知った。「発音だけでも」という単純な動機で始めたシャドウイングは思わぬ効果をもたらした。発音のために練習していたのに,聞き取り能力がアップしてしまったのである。
シャドウイングとは,聞こえてきた声に続けて,同じ音を発音していくトレーニング方法である。ちょうど影のようにぴったりと後ろから追いかけるので,シャドウ{影}イングと呼ばれる。タイミング的には同時通訳と同じだが,同時通訳と違うのは,通訳せずに聞こえたままを発音するということである。
テレビやラジオの語学講座で発音を練習するときは,「リピート・アフター・ミー」に続いて講師が発音した後,必ずポーズの時間がとられ,その間に自分で発音する。シャドウイングでは,ポーズの時間がない。講師が発音している直後に「重ねて」発音していくのである。したがって,耳から聞こえている声と,自分が発音している言葉は時間差でずれていくことになる。
シャドウイングをするときに気をつけるのは次の点である。
最も重要なのは「文字を見ないこと」である。文字を見て読んでしまうと,「見て覚えた知識」が邪魔をしてしまうからだ。聞いたままを発音しなければならないのに,自分が知っている単語を発音してしまうのだ。
文字を見なければ「聞こえたままを発音すること」ができる。英語では,書いてある文字通りに発音していないこともある。"followed by" は「フォロード・バイ」のように律儀に発音しない。「フォローッバイ」のように発音される。これは日本語でも同じだ。「です」は,文字を読むと「desu」だが,実際は最後の「u」はほとんど発音されず「des」となる(地方によって違う)。
「言い直さないこと」を実行するのは簡単。言い直している暇はない。どんどん次が来てしまうからだ。固有名詞はほとんど聞き取れない。聞き取れなくてもいいので,ゴニョゴニョ言いながらイントネーションだけマネるようにする。最初のうちは,固有名詞だけでなく大部分の聞き取りができない。そのため,ほとんどがゴニョゴニョになるが,それでもよい。
英語の上手な人は,「日本語に翻訳しないで英語のままで理解するのがいい」と言う。シャドウイングはそのためのトレーニングにもなる。日本語に翻訳している暇がないからだ。英語を英語のまま聞くしかない。英語のまま「理解」できるかどうかは後回し。まずは英語のまま聞くことしかできない状態になっていることが重要なのだ。
聞こえてくる声と自分の声がかぶるので,イヤフォンをしてやるとよい。
私が使っているのは米国国営放送 VOA の中の VOA News - Voice of America Special English - News Radio for English Learners である。
使われる単語の種類は少なく(1500語),丁寧でゆっくりした発音になっている(What Is Special English)。外国人学習者向けのプログラムである。時間は30分で,3つのパートに分かれている。最初の10分間はニュースで,世界情勢について。世界情勢とはいっても米国と関係のあるものがほとんどで,テロの話が多い。「爆発があり,死亡何人,負傷者何人」という表現はあっという間に覚えることができる。そんな表現を覚えても嬉しくないが。その後の20分間は,科学,農業,教育などの分野のうち2つについての話がある。Web サイトでは原稿も公開されているので,気になる表現は後でチェックすることができる。世界情勢についての原稿はない。
日替わりなので新鮮。やり捨てていく感覚になる。毎日やったほうがいいが,やれないこともある。やれなかったときの後悔とか,毎日やらなければという重圧はない。普通の学習教材だと,「昨日はやらなかった。今日は昨日の分をやらなきゃ」という進め方になるが,Special English でやれば「昨日はやらなかった。今日は今日の分をやろう」となるので,プレッシャーが少ない。
どんな英語を話すようになりたいか? これは教材選択の際に最も重要な点である。Special English を教材に使う限り,「くだけた英会話」はできるようにはならない。日本語に例えるなら,「ちーす」「あざーす」と言えるようにはならない。「こんにちは」「ありがとうございます」しか言えない。
シャドウイングは,私のようにコミュニケーションが下手な人間にぴったりの練習方法だ。相手が日本人の場合でも上手く話せない人が,外国人と話せるわけがない。「英会話」のレッスンに行こうと思わないのは,英語の練習とコミュニケーションの練習を両方しなければならないからだ。そんな私でも,相手が勝手にしゃべり続けるラジオになら問題なく話すことができるのだ。
私は昼休みに計算機のサーバ室に籠ってやっている。誰もいないので声を出し放題。恥ずかしがらずに大き目の声を出しながらやるのがコツである。
「聞く」と「聴く」では若干意味が違うが,ここでは「聞く」で統一した。聴くには「注意して耳にとめる」の意味がある(Yahoo!辞書 - き・く【聞く・聴く】)。
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