我が家の3歳児は日本語が母国語になる予定である。母国語というのは,経験から文法を学んだ言語のことを言うのかも知れない。
我が家の3歳になった娘は,色々な話をしてくれるようになって面白い。ある寒い朝,次のように言った。
ぱぱ,さむしいねえ
「さむい」の間違いである。しかし,この言葉は実に興味深い。「寒い」ことの本質は「さむ」であるが,これに「しい」をつけている。彼女は,「しい」のつく言葉をすでにいくつか知っている。「うれしい」「たのしい」「おいしい」などである。どれも,外界で起こることが自分に作用することで,自分の中に沸き起こる気持ちを表している (上手い表現が思いつかないので長ったらしいが)。「さむ」をこのグループに入れたのだ。間違いではあるが,これは極めて自然なことでもある。
言葉のグループを作って持っているということは,どういうときに「しい」がつくのかを,経験的に学んでいるということを意味している。つまり,文法を学んでいるということである。文法書の代わりに経験を使っているのだ。ただし,経験の場合は,すぐに反応してくれる人がいて,双方向でなければならない。
この3歳児は,最近言うことを聞かない。それはそれで困るのだが,見方を変えれば面白いことにもなっている。
父「おはよう」
娘 (少し考えて)「おやすみなさい!」(ケタケタ笑う)
他にも,「いただきます」と言うと,「ごちそうさまでした!」。ご飯が終わって「ごちそうさまでした」と言うと,「いただきます!」。全部反対である。少し前までは「ごちそうさまじゃないです!」と言って否定していただけだったが,最近は対になる言葉を探している。そのため,少し時間がかかるのだ。高度になってきている。
色々と小憎たらしい「反抗期」だが,言語の発達から言えば「反対語」を学ぶ大切な時期だとも考えられる。…もちろん「反抗期」も大切である。何はやってよくて,何がいけないか,かなり複雑で入り組んだことを反抗期を通して学んでいるのだ。
我が家には1歳児もいるので,もう一度検証できそうだ。ただし,言葉の獲得には個人差が大きいようで,この1歳児が最初に覚えた言葉は「どうじょ(どうぞ)」,2語つながりの言葉は「しっこでた」で,長女の「パパ」,「ママだっこ」とは違っている。
Posted by n at 2008-11-26 22:04 | Edit | Comments (0) | Trackback(0)
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