なぜご飯粒をひと粒残さず食べるのがいいと思うのか。その理由というのは「食べ物に対する敬意」などというものではなく,子どもにでも分かるような,ごく単純なものだった。
日本人ならば,ご飯というものは,ひと粒残さず食べるものだと教えられるものだ。ちょうど去年の今日,その理由は「食べ物に対する敬意」で説明ができると主張した (nlog(n): ご飯粒を最後のひと粒まで食べる理由)。
しかし,そんな高尚な理由ではなく,もっと単純な理由があるということに最近気がついた。このことは,実は子どもに教えられたのである。
朝ご飯を食べていて,子どもの茶碗にご飯粒が残っていることがよくあるので「ご飯粒が残っているよ。ちゃんと食べな」と常々言っていた。そして最近のある日,子どもは次のように言ったのである。
ほら,見て,ぴっかぴか
「そうか! これだったのか」と思った。自分の目にモリモリとウロコが生えた瞬間を目の当たりにした! (んなわけないが)。いや,ボロボロと落ちた瞬間である (んなわけでもない)。食べ終わったときの茶碗に,ご飯粒が残っているよりも,残っていない方がキレイなのは当然のことではないか。
ご飯をよそう時は,美味しく見えるようにこんもりと盛りつけるものだ。おかずの一品一品も,美しく盛りつけられている方がいい。見た目が味にも影響することを皆知っているからである。ご飯の始まりが美しいならば,ご飯の終わりも美しくあるべきで,それが最後のご飯粒にこだわる理由なのである。
「敬意」などという小難しいことではなく,小さな子どもにもよく分かる,実に単純なことだったのだ。子どもに教えていたつもりが逆に教えられた。これには参った。
Posted by n at 2011-11-13 23:49 | Edit | Comments (2) | Trackback(0)
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先月末から義母との同居がスタートしました。65歳の義母が茶碗に、かなりのご飯粒を残すので、非常に気になり、もしや残す習わしでもあるのか?とネット検索する日々…。
Posted by: あや at November 12, 2015 21:30たくさんの記事や、掲示版いろいろ見てきた中で「ピッカピカ」が1番胸がスッとしました。
やはり、茶碗をキレイにするのは気持ちがいいです。
娘(3歳)には、胸をはって教えて行こうとおもいます。
あや さん
Posted by: n at November 13, 2015 14:21コメントありがとうございました。親が自信を持って伝えるということが大切なのだと思います。
我が家はこれで定着しました。きれいに食べてあると後片付けも気持ちがいいものです。