「和文英訳の修行 応用編」には,文学的,詩的表現が多く出てくる。この本はそのような英文を書くようになりたい人に向けて書かれた本なのだった。
「死んだ英語を学ぼうキャンペーン」が終わった (自分の中で終わった)。教科書は 1952-1981 年に出版された,佐々木高政著「和文英訳の修業」である。
「予備編」はウツに打撃を与える例文が多かった。「基礎編」はネガティブな気分にさせる例文は (比較的) 少ない。最後がこの「応用編」である。
「応用編」は,和文英訳の課題に対する学生の回答に添削を加え,解説を行い,さらに訳例を3つずつ付け加えていくというスタイルになっている。間違っている学生の解答例や,それに対する「こんな風に直せば何とか読めるようになる」的な添削例には興味はないので,そのあたりは飛ばして読むことにする。はしがきによると,材料は「最近数十年の入試問題中の難問およびそれよりもやや難しい文章」で,回答を書いているのは「新制大学生や旧制大学卒業生で英語のできる人たち」となっている。
次の例は,夏目漱石の「我輩は猫である」からの引用が問題文となっている。
我輩がこの家へ住み込んだ当時は,主人いがいのものにははなはだ不人望であった。どこへ行ってもはねつけられて,相手にしてくれなかった。いかに珍重されなかったかは今日に至るまで名前さえつけてくれないのでわかる。(東京工大)
〔訳例1〕 When I first came to live with this family, I was extremely unpopular with everybody except the master. All my efforts to be friendly were frowned upon and ignored. The fact that nobody has given me a name yet is sufficient to show how much I have been slighted by them.
〔訳例2〕 When I first became a member of this family, I used to be strongly disliked by everyone except the master. Turn where I would, I was snubbed or simply ignored. You will understand the kind of treatment I have received (at their hands) when I tell you that I remain nameless even to this day.
〔訳例3〕 In the early days of my life here, I was quite unpopular with the whole household except the master; whoever I approached would hastily shoo me away, -- I just didn't exist for them. How shamefully I have been neglected is to be guessed at from the fact that nobody has bothered to give me even a pet name yet.pp. 320-321
違う言い回しを使いながら3つずつ英文が書けるというのはものすごいことである。日本語で書いてみろと言われたとしても,はたと困るレベルである。このような言い換えの練習を続ければ,使える英語の表現に幅ができるだろう。その点では大変参考になるよい本だと言える。「はしがき」には訳例についての解説がある。徹底的にやさしく砕いた「翻案」が〔訳例1〕,のびのびと英語にした翻案例が〔訳例2〕,最後にごく窮屈な「翻訳」的英文の見本が〔訳例3〕だそうだ。
ただし,私には全体的に文学的すぎる例文が多すぎた。例えば次のようなものである。
白いやわらかな朝もやが上って行くとくっきりした緑の夏山がそのうしろから次第にあらわれはじめた。きょうもさわやかな上天気だ。
〔訳例1〕The soft, milky white morning mists are seen rising slowly and from below them more and more of the vividly green summer hill(s) comes into view. Another glorious day.
〔訳例2〕 As the soft, milk-white morning veil goes up, more and more of the green summer hills comes into view clearly defined against the sky. We are going to have another fine day.
〔訳例3〕The soft white morning mists, gradually reveal, as they creep upward, more and more of the verdant summer hills in strong relief against the sky: (a sure) sign of glorious weather for this day again.pp. 330-331
その風景が目に見えるようである。しかしながら,あまりに詩的。英文を読んでその情景を思い描くというのであれば,このような例文もいいだろう。しかし,これは「和文英訳の修行」であるから,つまり詩的なその情景を英語で表現する修行なのである。したがって,文学青年が対象である本だと言える。
「予備編」「基礎編」ではネガティブな印象や意地悪な気持ちを表現した英文が多いのだが,そういう例文というのは,繰り返し練習して暗記するような文としては適切でない。やればやるほど暗くなってしまうからだ。暗記させようとするなら,気分が明るくなるものや,勇気づけてくれるようなものでなければならない。例えば次のような人生訓がそうである。
イギリス人にとっては人生も一種のスポーツである。審判の最後の笛が鳴ったとき,到着した結果いかんは最重要ではない。問題は人がいかに人生をプレーしたかにある。(一橋大)
〔訳例1〕 Englishmen regard life as a sort of sport. With them what counts most is not how many points you have scored when the Referee blows his whistle at the end of the game, but how you have behaved yourself during that game.
〔訳例2〕 In the opinion of English people, life itself is a kind of sport. They do not ask, as the most important issue, how many goals you have scored by the time the Referee's whistle says, "Time is up", but in what manner you have acquitted yourself on the playground of life.
〔訳例3〕 To John Bull life itself is a sort of sport. To him what results have been attained by the time the Referee's last whistle goes, is not of supreme importance. The question is how one has played the game of life.pp. 340-341
この英文には解説がついていて,英語の奥深さを見せてくれるのだが,私には高度すぎた。
副詞節の「審判の最後の笛が鳴ったとき」の主語を「審判」としてみよう。その際注意せねばならぬのは,'judge' は 'boxing, wrestling' などの審判であり,'umpire' は 'baseball, cricket' のそれである。しかしこの文では審判が笛を鳴らすところを見るとどうも 'football' らしい。その場合の審判は 'referee' というが,死神 'Death' の婉曲{えんきょく}な言いかえゆえ 'Referee' と大文字で始めるくらいの神経を働かせてもらいたいもの。
残念ながら学習者としての私は,そんな「神経」を使えるところには遠すぎる位置にいる。この本がターゲットにしているのは,このような細かいところまで神経を使うことを目指す学習者であって,「伝えたいことが的確に伝わればよい」を目指す私などはもとより「範囲外」なのだった。「表現的に範囲内」であるはずの予備編は,「心理的に範囲外」であった。結局自分には適さない本だったのだった。
文学的表現を身につけて高みにたどり着きたい学習者には,一読をお勧めする。それ以外は色々な意味でウツになるので (例文がウツ,英語の奥深さを見せ付けられるのでウツ),お勧めしない。そんな本である。
Posted by n at 2010-06-23 22:36 | Edit | Comments (0) | Trackback(0)
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