江川泰一郎「英文法解説」は,かなり詳しい英文法の解説書である。しかし,この本は読む人を選ぶ。上級者向きと言えるのではなかろうか。私には合わなかった。
江川泰一郎著「英文法解説」は,英語の文法書である。非常に詳しく書かれており,量も多くて,索引を含めると548ページもある。
私がこの本を手に取ったのは,文法的に理解できない英文と出合ったからである。しかし,文法書を開いてみると,自分の知りたい情報を探すことができないことが分かり,愕然とした。文法書にはそれ自身が持つ矛盾を含んでいるのだ。すなわち「文法をあらかじめ知っていなければ文法書は使えない」ということである。文法を知りたいのに,その文法を知らなければ調べることができないという,なんとも困った問題ににぶち当たったのである。
旺文社「英検Pass単熟語準1級」の別冊付録を読んでいると (nlog(n): 「英検Pass単熟語1級」で語彙増強),従属節の動詞が原形のまま使われている英文が出てきた。いくつもあるので,誤植ではないようなのだ。
1157. The lawyer took his affidavit to use in court rather than insist that he appear in person.
1157. 弁護士は,彼が自ら出頭することを主張せず,法廷で使うために彼の供述をとった。
that 節が「he appear」となっている。三人称単数現在であれば「he appears」となるのではないか? なぜ原形なのか? この疑問を解決するには文法書に当たるしかない。
しかし,文法書のどこにこれが書いてあるのかが分からないのである。結局,インターネット検索に頼ることになった。ところが,「動詞 原形」では情報が多すぎて見つけられない。もしかしたら「should」が省略されているのでは? と思って「should 省略」で検索すると出てきた。実際は should の省略ではなく,「仮定法現在」とのことだった。「仮定法現在」の項目を見ると,なるほどしっかりと解説されていた。
§ 168. 仮定法現在
この用法は《米》では普通である。《英》でも次第に使われるようになっているが,should を使うほうが多い。
提案・勧告・要求などを表す動詞に続く that-節で ⇛§ 204 (1)
advise, ask, demand, insist, move, propose, recommend, request, require, suggest
この that-節の動詞は仮定法だから,時制の一致はない。
【解説】この that-節に仮定法 (または should) が使われるのは,先行する動詞・形容詞の意味から考えて,that-節の内容が事実を述べるものではなく,話者の心の中で想定された事柄を表すからである。したがって,that-節には直接法の動詞は使われないと見てよいが,絶対に使われないかというと,そうは断言できないようである。江川泰一郎「英文法解説」 pp. 250-251
先の疑問だった英文の主節の動詞は insist なので,この条件に当てはまっている。これで解決した。さらに,【解説】部分の記述が興味深い。insist の文は,どこが「仮定」なのかさっぱり分からなかったが,「仮定法」というのは「話者の心の中で想定された事柄を表す」ときに用いられるというのである。これなら insist が仮定法で用いられることの意味も分かる。
問題は解決したが,先に述べたように,解決するには「仮定法現在」という文法用語を知っていて,なおかつどんなときに用いられるかを知っている必要があった。しかし,どんなときに用いられるかを知っているなら,文法書は必要でないわけで,ここが文法書の抱える根本的な矛盾なのである。
「主節」「従属節」というのも文法用語で,文法書を使うときには知っていた方がいい。江川泰一郎「英文法解説」では,「従属節」という表現はなく「that-節」とのみ表現されている。
上の引用の「⇒」で示されているように,should に関する解説もある。
§ 204. Should
おもに《英》の用法である。
提案・勧告・要求などを表す動詞に続く that-節で ⇛§ 168 (1)江川泰一郎「英文法解説」 p. 305
総合すると,提案・勧告・要求などを表す動詞に続く that-節においては,動詞は原形で用いられるが,その文法的解釈についてはアメリカとイギリスでは異なるということだろう。つまり,アメリカ英語では「仮定法現在」,イギリス英語では「should の省略」と考えるということである。
旺文社「英検Pass単熟語1級」に出てくる,従属節の動詞が原形になる他の例をあげる。
1298. The defense attorney insisted that his client be convicted on facts, not on conjecture.
1298. 弁護士は,依頼人は事実に基づいて罪を問われるべきであり,推量に基づくべきではないと主張した。
上の文も主節の動詞が insist だが,should の省略として解釈するのがしっくりくる。
1330. A dearth of fresh water required that the desert undergo irrigation.
1330. 真水不足のため,砂漠に水を引くことが必要になった。
上の動詞は require で,仮定法現在に使える。Should の省略と見てもいいような感じである。
最後に上げる次の例は,仮定法現在ではない。
1534. With nothing to do, I could only watch the grandfather clock's pendulum swing to and fro.
1534. することがなくて,私は箱型大時計の振り子が揺れ動くのを眺めることができただけだった。
この文の文法的解説は,「watch」を索引で探すことで見つけることができた。
§ 224. S+V+O+原形不定詞 - 知覚動詞の場合
知覚動詞 see, heal, feel のほか,listen to, look at, notice observe, watch などが,この構文を作る。江川泰一郎「英文法解説」 p. 305
文法書というのは,分からない文法を解説してくれるというありがたい面があるが,読むに耐えないというありがたくない面もある。文法的には「advise, ask, demand, insist, move, propose, recommend, request, require, suggest」が同じ形式で使われるとしても,これらの動詞を入れ替えて使うと怒られてしまう。「形式が同じ」であっても「意味が同じ」ではないからなのだ。しかも,「advice, ask, ..., insist, ...」というように覚えても,使えるかというと,全然ダメである。あくまで英文解釈のための道具なのである。
「この動詞の場合はこのように使える」「ただし別の使い方もある」それはそうかも知れない。読んでいるうちに,中学生時代の大嫌いな英語の忌まわしい記憶が蘇ってきた。文法をいくら覚えても,英作文や英会話には使えないのである。使えるようにするには,実例をひとつひとつ口に出して覚えていくしかない。
文法書を読むと,著者と読者の間にある大きなギャップを感じる。著者は「こんな規則があった! これとこれをまとめると統一的に把握できる! スゲーだろうヒャッハー!」という喜びがあるに違いない (あくまで想像)。ところが,その美しい理論も,読者にとっては苦痛でしかない。まとめられて,情報が圧縮されればされるほど,それを飲み込むのはどんどんつらくなっていくのだ。
江川泰一郎「英文法解説」は,文法書としてはよく書かれている。前置詞の記述などは秀逸で,ここだけなら初心者にとっても概念をつかみやすい構成になっている。ただ,全体的には上級者向きである。英語がかなり上達してから見直すと,知識の整理に使えるに違いない。
私の場合,使えるようになるまでにはまだまだ修行が必要なのであった。
Posted by n at 2011-12-21 22:40 | Edit | Comments (0) | Trackback(0)
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