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misc かけ算の順序論争その対立の構造

「算数のかけ算には順番があるのかないのか」という問題について,対立する双方の考え方がどこから来ているのかについて考察する。

■ ■ ■

はじめに

半年くらい前に書いた記事では (nlog(n): いまさらだけど算数のかけ算には順番があるよ),コメント欄で意見のやり取りをしたが,ほとんどの議論はすれ違うばかりだった。しかし, Eri K さんがくれたコメント[1], [2] で,この論争に関する知見が得られたので以下にまとめておく。

上であげた記事について,「コイツは大学で数学を勉強したらしいけど,それでこれかよ,バカじゃね? バーカ,バーカ」的なツイートを見かけることもあるが,そういうのは人格攻撃であるから,無視させてもらうことにする。

この記事では,小学校で習う算数のかけ算には決まった順番があるという主張をする人たちを「順序派」,順番はないという主張をする人たちを「非順序派」と呼ぶことにする。また,かけ算には「(1つ分) と (いくつ分)」という考え方があるが,ここではさらに限定して「(もと) と (何倍)」だけを対象とする。その理由は,かけ算の概念を倍概念に限定することと,「1つ分」には複数の見方がある場合があるので,これが明らかな場合に限定するためである。

この問題に関しては,順序派も非順序派も,あるひとつの共通する考え方がある。それは,

  • 表現はその内容に合わせる (のが自然 / べき)

というものである。いわゆる「名は体を表す」に通じる考え方である。しかし,この共通した考え方があるにも関わらず,議論は噛み合わないのである。それは,上でいう「内容」を指すものが違うからなのだ (「表現」にあたるのはもちろん「数式表現」である)。この違いについて考察する。

以下に述べることは,順序派,非順序派に関わらず,議論をより客観的にするための材料になるだろう。

数式表現の持つ2つの側面


数式表現には2つの側面がある。1つは「数学」を表現するというもの。もう1つは自然言語に対する「補助言語」「第二言語」としての側面である。

一般に, 数学記法は自然言語, 特にヨーロッパ系言語の略記から生まれている[1].

平井崇晴, Σai と「ai の和」-- 第二言語としての数学記法 --, 近畿数学教育学会会誌, 第20号 2007年 2月.

略記であるから,もとの自然言語と近い関係であり,それには語順も含まれる。つまり単語を並べる「順番」にも対応があるということである。参考文献 [1] というのは,「田村三郎「語学としての数学」『なぜ数学を学ぶのか』大阪教育図書1993 年 pp. 23-37.」である。参照できなかったので孫引きになっていが,この論文の著者である平井崇晴氏も同じ考え方に基づいている。

欧米での認識

欧米ではかけ算の順番に関しては論争になっていないようだ。それは,数式表現が自然言語の略記であり,補助言語として認識されているからだろう。したがって,数式表現の中のかけ算の順番に関しても,自然言語での表現に準ずるということになる。


つまり,欧米では,数式表現を認識する場合,自然言語を参照しているのである。「名は体を表す」で言えば,「体」に相当するのは「自然言語」となる。数式表現は自然言語の補助言語なので,「掛け算の順序は対応する自然言語によって異なる(べきである/のが自然)掛け算の順序と自然言語の対応についてちょっとだけ - 思索の海」というよりは,むしろ「当然のこと」という感覚なのだろうと思われる。

英語の場合,「3×4」の自然言語での表現には,「3 times 4」と「4 multiplied by 3」「multipy 4 by 3」のようにバリエーションがあって (被乗数先唱 俺流まとめ - わだいのたけひこのざっき),乗数と被乗数の順番が逆なものがあるが,より単純な「3 times 4」という,「乗数×被乗数」「何倍×もと」の順番が採用されている。

CD-R デバイスの倍速表記
CD-R デバイスの倍速表記


このような表現方法は,数学の中でないところにも見られる。例えば,

どの場合でも,何倍というときは,「何倍x」という表現に統一されており,例外はない。リレーの場合は,単に距離を何倍するのかというだけでなく,それ以上の,「4人で走る」という意味が込められていて興味深い。

算数でも,この順番で教えられていて,東海林さだおがいいなぁ  掛け算の順序の話 7/17/09追記ありリヴァイアさん、日々のわざ: 「かけ算の順序」の問題について。ニュージーランドの算数教科書を見ながら……(目下、現場の先生のコメントくださいモード) に実例があげられている (ブログ著者がどう考えているかは別にして)。

日本での認識


日本では,数式表現は日本語の略記ではなく,また日本語が欧米の言語と語順が逆になることもあり,日本語という自然言語と数式表現の関係が希薄になっている。このため,数式表現のもとになるものを数学自体に見出そうとする考え方が出てくるのだ。数学では,かけ算の順番は交換が可能なので,それを表現する数式も順番は交換ができる,つまり,順番は関係がない,ということになるのだ。日本における非順序派の場合,「名は体を表す」でいうところの「体」は「数学」自体なのである。

一方で,日本での順序派の参照先は,自然言語である。だから,かけ算の順番は欧米とは逆になるのだ。

日本での例もあげておく。

残念なのは「400メートルリレー」で,なぜか計算結果の表現になってしまっている点である。「4×100」という表現に含まれる情報が,計算をして答を出してしまうことで欠落してしまっているのだ。その情報を復元するには,「常識」を駆使しなければならない。「リレーというのだから,複数人で同じ距離ずつ走るのだろう。2人で200mずつ走るというのは人数的にありそうにない。8人で50mずつというのはバトンタッチが多すぎ。4人が100mずつ走るのが妥当だろう。」こんな感じだ。

欧米と日本を比較して

上で見てきたように,欧米でのかけ算の表現をまとめると次の2点になる。

  1. かけ算には順番がある
  2. 並び順は (何倍)×(もと)

日本の順序派,現在の小学校における算数教育では,次のようになっていて,欧米とは並び順が違うということになる。

  1. かけ算には順番がある
  2. 並び順は (もと)×(何倍)

一方で非順序派は,以下の主張である。

  • かけ算には順番なし

もし,「日本の算数教育はガラパゴスだ」というのであれば (6×8は正解でも8×6はバッテン?あるいは算数のガラパゴス性:プロジェクトマジック:ITmedia オルタナティブ・ブログ),欧米方式にすべきだろう。

かけ算に順番があるとして学んだ後に,欧米の考え方に触れる場合は,「順番が逆になる」ということを知ればいい。しかし,もし,順番がないとして学んだ場合は,欧米の考え方では「順番があって,並び順は (何倍)×(もと)」ということを受け入れなければならない。

まとめ

かけ算の順序論争において,主張が対立するのは,どちらも「表現はその内容に合わせるべき」という共通の考え方があるにも関わらず,それぞれで参照先が異なっているのが原因である。この記事では,数式表現が言語的な側面を持つ点を取り上げてまとめた。順序派は自然言語との関係を重視し,非順序派は数学自体の性質を反映させることを重視しているのである。

Posted by n at 2012-07-17 22:22 | Edit | Comments (12) | Trackback(2)
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[5×3] 小学校の算数には数学がないのか
トラックバックをいただいたブログ記事を主軸に,雑報を書きました. 1. まずはご覧ください nlog(n): かけ算の順序論争その対立の構造 2. 議論の前提 この記事では,小学校で習う算数のかけ算には決まった順番があるという主張をする人たちを「順序派」,順番はないという Trackbacked from: わだいのたけひこのざっき at July 19, 2012 01:16
[5×3] かけ算の問題の構造
wikipedia:かけ算の順序問題の冒頭に,気になる言葉がありました. かけ算の順序問題(かけざんのじゅんじょもんだい)とは、日本での数学の初等教育の実践において、かけ算の式には「正しい順序」がありそれを子供に守らせるべきだという指導法と、かけ算の問題の構造から Trackbacked from: わさっき at November 13, 2012 00:27
Comments

トラックバックありがとうございます.
本文を読ませていただきまして,思いついた関連情報を挙げておきます.

「倍速表記が「8x」」に関連する和英表記の比較は,http://d.hatena.ne.jp/takehikoMultiply/20120428/1335620629 で試みています.

算数・数学教育に携わる人(玉川大学教授)が,リレーやディスクの表記などを指摘した上で,式の指導をどのようにすべきかについて書いています.http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20111201/1322686495#%E5%B0%8F%E5%AD%A6%E6%A0%A1%E6%8C%87%E5%B0%8E%E6%B3%95%20%E7%AE%97%E6%95%B0 をご覧ください.その中の「交換法則」について,抜き書きしたときは疑問を持っていたのですが,いくつかの事例をもとに http://d.hatena.ne.jp/takehikoMultiply/20120606/1338929948 として検討を行い,交換法則の使いどころを納得しています.

国内外の「かけ算の順序」の比較については,http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20111109/1320785343 の「タイでは」の文章について,ご確認をと思います.原文PDFはリンク切れになっていますが,報告書名で検索すれば取得できます.

「数式表現」に関するサーベイは,『数学教育学研究ハンドブック』(日本数学教育学会編,2010)の第3章§3文字式(pp.83-94)になると思います.そこでは「式をよむ」「式にあらわす」「式の形式的処理」という分類観点が入っています.なお,参考文献リストの中に,平井論文,田村論文は見られませんでした.

Posted by: t.m at July 18, 2012 04:12

「かけ算の順序論争」について,昨年末あたりからの個人的な関心を書いておきます.
タコ2匹の足の合計は8×2と表せます.2×8だと,2本足の生物が8匹いる場合の足の合計になります.いわゆる順序派はそのように一対一で対応づけられますが,被順序派のロジックでは
「タコ2匹の足の合計を8×2と表すことができる」
「タコ2匹の足の合計を2×8と表すことができる」
「2本足の生物が8匹いるとき,足の合計を8×2と表すことができる」
「2本足の生物が8匹いるとき,足の合計を2×8と表すことができる」
がすべて真となります.
議論はたいてい,場面(文章題を含みます)から式を得る流れですが,発想を転換し,個別の式を基点として,場面へのマッピングを試みます.ここでは「8×2で表される場面の集合」「2×8で表される場面の集合」が考えられます.そうすると,順序派ではそれらの集合が異なり(A≠Bの意味であり,A∩B=∅の意味ではありません.例えば「8行2列からなるアレイのドット数」は,両方の集合に属します),被順序派では同一である(A=B)と言えます.
したがって,順序派は「書き分け」重視であり,被順序派は「式で表せる対象を広くとること」重視であると考えています.

Posted by: t.m at July 18, 2012 04:25

すみません.「被順序派」は全部「非順序派」です.

Posted by: t.m at July 18, 2012 04:31

非順序派です。

私が、問題文の立式において積の順序を問うてはならないとする理由は、積の可換性ではありません。

問題文の立式において、どのような思考プロセスを経るかは、(積の可換性と同相なものを含め)多様なものが可能です。問題文の言語構造だけから決定することそのものが決定的に危険であり、教育者の傲慢たる、立式プロセスは言語構造に因らなければならない、という思想は排除されるべきものです。

文章題が述べている状況を抽象画として表し(または脳裏に浮かべ)、一旦文章を全部忘却し、抽象画から立式する。そのようなことは小生、小学生以前から呼吸するように行なっています。

確かに立式回答者は思考プロセスを説明できなければならないでしょうが、どの思考プロセスをとるかは自由です。たとえ小学生であっても、立式の思考プロセスを問題文直接由来に限定される理由はない。

Posted by: imo758 at July 18, 2012 08:55

饅頭3個5皿はあくまで
 饅頭3個×5
である。これは「数学上」のはなしとして認めなければなんねえ。

そんでも、その上で「算数教育の方法としての」

 Posted by: imo758 at July 18, 2012 08:55

にような御意見は拝聴に値する。と考える。

>私が、問題文の立式において積の順序を問うてはならないとする理由は、積の可換性ではありません。

はケンシキだねえ。

さわがしくさえずって許りいるどこぞの大学教員等とはちがう。トンデモ「掛け算に順序なし」派のつまらん揚げ足取り的な(自称大発見)ピーチクパーチクの尻馬に乗り大騒ぎする彼等をみちょると眉を顰めたくもなるというもの。


Posted by: nomisuke at January 07, 2014 01:02

本論とは関係ありませんが

> 残念なのは「400メートルリレー」で,なぜか計算結果の表現になってしまっている点である。「4×100」という表現に含まれる情報が,計算をして答を出してしまうことで欠落してしまっているのだ。

順番があると主張されている方が、順番を間違っているのでツッコミたくなりました。順番があるのであれば「100×4」と書くべきですよね。まぁ、私は(順序があってもなくても)どっちでもいい派ですが

Posted by: とおりすがり at April 15, 2015 14:05

とおりすがり さん ( http://nlogn.ath.cx/archives/001477.html#c008584 )

記事内で主張したかったことは,ご指摘の内容と同一です。「順番があるのであれば「100×4」と書くべきです」。

Posted by: n at April 15, 2015 23:37

私もー石投じておきます。

(1)お金の計算

会計の世界では 数量X単価、人月x単金 で計算します。
市販の伝票、見積書、精算書、会計ソフトなどは全てこれで
統一されています。

世間で日常行なわれている計算のほとんどが、
これであることを考えると、小学校の教えは
非常識であるといえるでしょう。

(2) 単位の助数詞

助数詞を単位と見なして教えるなら

3個x5皿なら15個皿とするのが正当な単位の扱いですか
勿論これではいみ不明です。

しかし3個x5皿=15個た"が5皿x3個=15皿 なので
間違いだと教える先生がいるらしい。

真実は助数詞=無名数なのだから、怪しげな論法は
使わず、正直に教えるべきだと思います。

助数詞組立単位も 世間では全く使れていないので不要でしょう。

Posted by: 中村 at October 14, 2015 15:43

中村 さん ( http://nlogn.ath.cx/archives/001477.html#c008681 )

> 会計の世界では 数量X単価、人月x単金 で計算します。
会計の世界では,お金の計算のときに順番が決まっているということなのですね。

> 助数詞組立単位も 世間では全く使れていないので不要でしょう。
会計の例であげてくださった「人月」は助数詞組立単位とは違うものですか?

Posted by: n at October 16, 2015 15:25

頭の中では数字が出てきた順に掛け算しており、それで日常生活で困ったことがない非順序派です。
質問があります。

3ページの文書をプリンターで4部出力した。トナーの都合上(および最終ページにまとめて判を押すのが都合がよいので)、このプリンターは1ページを4部、2ページを4部という順序で印刷される。絵を書きなさい。また全部で何枚印刷されますか?

という問題があったとき、絵は4x3、式は3x4と書くのが正当となるのでしょうか?

欧米で逆になるのはとても興味深いです。議論になっていないとのことですが、欧米では日本式に式を書いた生徒に対してはどのように指導していますか?○でしょうか×でしょうか?またその教育理論は日本は同じですか?

Posted by: r at December 11, 2015 19:52

すみません、こちらの記事のコメントにほとんど答えがありましたね。 http://nlogn.ath.cx/archives/001450.html 興味深く拝見しました。

Posted by: r at December 11, 2015 23:15

r さん ( http://nlogn.ath.cx/archives/001477.html#c008689 )

プリンター出力の問題は興味深いです。式は3x4と書くのが正当でしょう。絵は4x3のように描くか,あるいはタイルのように並べることになるのだと思います。ただ,かけ算の導入時期にこの問題を出すのは好ましくないように思えます。大人でも迷うくらいですから子供は混乱します。順序の交換ができるという単元のタイミングで出すのはありかも知れません。

欧米の教育については以前の記事のコメントを読んでくださったようなので不要かも知れませんが,日本式で答えると×になる事例があります。
東海林さだおがいいなぁ 掛け算の順序の話 7/17/09追記あり http://chochonmage.blog21.fc2.com/blog-entry-55.html

海外の方法について文献を調査されている記事があります。
海外では,「かけ算の順序」「たし算の順序」についてどのような見解を出していますか? - わさっき http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20151121/1448031600

Posted by: n at December 12, 2015 00:03
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